http://www.mizutukuri.co.jp/04loboratory/index_poison.html

 

【1】誰も助けてくれない

私が30歳でドキュメント映画を初めて撮った時のテーマは、農薬と添加物を使わない食品を作り・流通し・食べる暮らし方を、自ら作る農民と団地の主婦の戦いでした。
あれから38年。農薬と食品添加物だけでなく、船舶の塗料からの溶質物など生活に直接触れないものから出る化学物質が原因と推定される、生物への害、歪み、死滅に繋がる事態が進行しています。
疑われる化学物質の種類も膨大になっており、その影響の現れ方も精妙で、因果関係や複合しての作用を明確にすることはもはや出来そうにもありません。
それらを引き包めて、結果としての現れ方から「内分泌攪乱物質」とか「環境ホルモン」と命名されています。それらの化学物質が、生命体内で、既存の「ホルモン」や「酵素」など内分泌物質と間違えて取り込まれ、生体の異常反応を引き起こしていると言うわけです。
マスコミが時々キャンペーンを張ったり、学者などが警告を発しても、それを監視する役割の官庁は一過性の嵐をやり過ごすための使い古された応対を繰り返すだけで、結局何もしません。政党や政治家も票にならないので取り上げません。企業は、目先の効果と効率を追求する経済原理で突き進みます。
しかし、日々の生活は人の数だけ、生きものの数だけ刻々に営まれており、「環境ホルモン」は、その総ての瞬間に何がしかの悪さをし続けています。その悪さは、人を含む動植物の畸形や繁殖障害にまで及んでいますが、最も困るのは、私たち人間の、生物としての基本的な生命感覚を狂わせていることです。飲み物や食べ物への味覚が鈍化、歪んでしまって、「薄い毒」を含むものを忌避できなくて、平気で食べる。その繰り返しと蓄積によって、そういう「薄い毒」を含んだものを、逆に「おいしい」と感じるように変体してしまう。
例えば、いつも感情が動揺していて、他人の感情を感じ取ることができなくなり、落ち着いて思考することができなくなる。などなどです。

 
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「環境ホルモン入門」 立花隆
「環境ホルモン入門」 立花隆

「環境ホルモン入門」 立花隆
「環境ホルモン入門」 目次


「よくわかる環境ホルモン学」
「よくわかる環境ホルモン学」

02  
【2】私のアプローチ

 私は、約20年間のドキュメント映像製作を通して、影響の大きい「薄っすらとした毒」を、以下の4種類に分けて捉えることにしました。
《1》は、石油など化石燃料の廃ガス
《2》は、原子力発電の排ガスや劣化ウラン弾など兵器による放射能
《3》は、化学物質(農薬・食品添加物・塗料など)
《4》は、水道水の消毒に添加されている「塩素」です。
「塩素」は化学物質ですが、昭和31年(1956年)の水道法の制定で、「塩素」を上水道消毒に使うことと蛇口濃度0.1ppmが法律で定められて以来、日本国内に住む者は、「塩素」の入った「薄い毒」水を強制的に飲まされてきています。

●田舎から都会に出て来て、水道水を飲んで「臭い」と感じるものの正体は「塩素」です。「カルキ臭い」という言葉はお馴染みです。人が「塩素」の臭いを嗅ぎ分けられる濃度は0.4ppm以上で、中には、0.3ppmでも臭いと感じる敏感な人も居ます。田舎でも0.1ppm程度は入っていた筈ですから、明らかに都会の濃度は高い。都会に住み続けている人でも、今の水道水に塩素の臭いを感じますから、0.4ppm以上含まれていることが通常になっています。

●因みに、上水道水の「塩素」濃度の国際的な基準は、0.03ppmです。0.1ppmという日本の基準値は初めから高めに設定されています。どうしてそのような数値になったのかは今からでは調べようがありませんが、その後に世界の研究結果がでたのですから、本来ならば、低い基準値へ正されるべきですが、逆に高い値、濃度が濃くなっているのが実情です。

●どうしてこんな事態になったのか? 最も大きな原因は、水道用原水の水質の悪化です。ともかく消毒を徹底して、事故を起こさないようにしてきた結果がこうなったのでしょう。しかし、これは困った状態なのです。こんなに塩素濃度が高い水道水を国民に飲ませている国はどこにもありません。「塩素」は化学工業で作られる価格の高い製品です。日本みたいにこんなに沢山使うことが出来ないのです。(なぜ、日本だけこんなに潤沢に「塩素」が使えるのか?)

●残念ながらその「水質の悪化」の中には「水そのものの劣化」「水の分子構造の乱れ」の概念が含まれていませんでした。当時の科学技術からすると、それに気が付いてもそれを確かめる方法がありませんでしたら、仕方の無い事であったかも知れませんが、現在でも、この概念がまだ認知も調査もされていないと言うのは、怠慢の誹りを免れ得ません。

 右の写真は、カーネーションの鉢を2つ買ってきて、片方は水道水、もう一方に塩素を除去して、分子構造を整えた水を毎日朝夕やった1週間後の結果です。
 カーネーションの鉢の置き方が、最初と逆になってしまいましたが、花の違いは歴然としています。
 次のシクラメンの写真は、左側の鉢に分子構造を整えた水を1年間与えた結果の写真です。まるで、違う花の種類のようですね。
 この違いが、人間にも当然起きているのです。

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カーネーション
カーネーション
カーネーション
1週間後の結果
シクラメン
シクラメン
03  
【3】故・中根滋博士との共同実験

 先に4分類した「毒」は、実際には同時に重なって作用しています。しかし、対策の方は、同時に一緒には考えられません。一つ一つ考えてみます。

 《1》の化石燃料の排ガス。日本では自動車からのものが約50%で、残りを工業と発電、家庭と漁業と商業が占めています。毒の中核となるのは亜硫酸化合物。炭酸ガスは地球温暖化の犯人。

 体験した中で、典型的だと思われる一つの実例をお話します。
 1999年に、南紅梅と備長炭で有名な南部川村森林組合の一青年から前年からの要請で、故中根滋先生と組んで、梅林の蘇生に取り組みました。(右の写真はその時の様子です)
 永い歴史を持つ梅栽培の本場に初めて訪れ、渓峻な山々に見渡す限り植えられている梅に、人々に努力が偲ばれ、何とかしてあげなくてはと武者震いしました。聞けば、組合関連だけで2千万本の梅の木があるとのこと。
 地形の異なる何箇所かの梅林を見た後で、ここで実験してほしいのですがと示されたのは、傾斜が30度もあろうかという1ha程の梅林でした。
 まず、根腐れ病に罹っている梅の木の、根、土、葉、枝を採取し、全体の状況を把握する為に、斜面上部、中間部、下部の土を採取しました。更に、撒布している沢水の取水口の水と100メートル上流で湧き出している水を採取し、持ち帰って分析することにしました。
 分析は、中根氏が作った「MIRS」という共鳴磁場測定装置で行われました。
共鳴磁場測定装置は、ドイツとアメリカで何種類も開発されており、主に医療現場でオフィシャルに活用されていますが、日本ではまだまだ一部の分野でしか認知されていません。
 農業など効果や影響を確認するのに、1~3年も掛かる現場では、共鳴磁場測定で、方向の良し、悪し/強さの充分、不十分/欠けているもののある、なし/が即座に計測、判定できますので、真に重宝です。
 採取資料の計測結果を、フィールドに落とす作業と、根腐れ病を蘇生させるエネルギーを特定する作業を終えて、次のような作戦を立てて提案しました。
(1)根腐れ病は、「このエネルギー処置」で、衰退化させることができると推測できる。
(2)しかし、全治する鍵は樹勢の回復、蘇生にあるのでその為の措置を並行して行うこと。
1.土壌の劣化が、斜面の下部になるほど進んでおり、特に中棚になっている場所の劣化が激しい。根腐れの梅木が中棚の部分に多いのと符号する。恐らく、酸性雨と農薬の蓄積が、雨と散水によって運ばれて蓄積したものと推察される。対策としては、「良い沢水」を作って出来る限りの量を散水すること。
2.但し、現状では沢水が湧水地点から取水口へ来るまでに、著しく悪くなっている。それは、+16レベルが±0、部分的には-になる程の低下である。理由は、わからない。取水口から汲み上げた水を、水槽に貯めた段階で、水改善を行い、その水を散水すること。

 提案は、すぐに承認され、実行するために再度訪れました。

 
梅林の中の中根滋博士
梅林の中棚の現場(左から2人目が故・中根滋博士)
 
根腐れの根
根腐れの根
04  
【4】実テストは協力しあわないとできない

 作業は、エネルギー調整したセラミックをステンレスの網にセットして、根腐れの進んでいる梅木の根の側に埋め込むことと汲み上げた沢水の水槽に蘇生装置を設置するだけでしたので、1日で終了しました。
 前回も梅の生産者たちとのミーティングがありましたが、ほとんどの時間が、私たちの考え方と技術の概要を説明することに費やされましたので、再訪の夜は現地の方々の考えや日頃の感想を出来るだけ聞きました。
 話題は、多岐に亘りましたが、私が主に確認したかったのは次の2点です。
1.このような「山荒れ」は何時頃から顕著になったか?
2.原因は何だと感じているか?
 1.について詳しいことは思い出せませんが、結論として覚えているのは、生産者の多くが「山荒れ」=梅林土壌が変になってきた、弱ってきたと言うようになったのは1980年頃らしいということです。もっと早くから感じていた人も居ましたが、それぞれの梅林の位置の違いもあり、さまざまな感想が出て当然でした。
 2.については、関西地域から来る工場や自動車、船舶やビルの排気ガスと自分たちが使用した農薬とに大きく分かれました。中に「原発が出来てからだ」と強く主張される方が一人居られたのを、印象深く覚えています。
 結局、どれが「主な犯人」と思うかの相違であり、どれもが関わっているという認識は共有していました。
 梅林に行った措置は、当初の青年が「梅樹蘇生大作戦」のタイトルを付けてインターネットでレポートしてくれましたので、経過がよく解りました。根腐れだった梅木の樹勢が着実に回復していること。葉のようす、花のようす、実の様子がよく分かり、インターネットって便利なものだなーと感心させられました。
 しかし、新たに収穫した梅も送ってもらい、さて次にと言う夏の時点で、「作戦」は止まったままになってしまいました。

 ほぼ同じ頃だと思いますが、山陰の山々に広がり続けている「松枯れ」について、地元の大学が共同調査した結果がNHK TVの確か岡山局の制作で番組として報道されました。
 何と原因は、雪解け水でした。毎年、山陰の山々には雪が降りますが、その雪が春になって解けると、ある決まったところに残雪ができます。その残雪から溶け出す水のpHが3~4と強烈な酸性水になっていること。この現象が毎年繰り返された結果、土壌微生物が死滅して土壌の劣化が進行したために、松の根がやられて、弱ったところへ松食い虫が潜入したのだというのです。
 では、そんな酸性の雪にしたのは? というと、主な原因は中国や韓国、北朝鮮など石炭を燃やした排気ガスの含まれていたものが北西の寒気の風に乗ってきたもので、中国道など国内の自動車の排気ガスの影響もないとはいえないが、寄与の割合は解らないとのこと。当たり前のことですが、環境汚染問題が国境を簡単に越えることの確かな事実証拠が示されたのでした。

 pH3~4と言えば、東京の狛江の自宅で、夏の光化学スモッグ警報が出されている時に雨が降り、最初の雨で朝顔の花の色が雨つぶの形に抜けてしまった時に、びっくりしてpHを測ったら4~5だったことを思い出しました。そして、山の中であれよりキツイのかと唖然としました。
 更に、あちこちの名水から大腸菌が出たとの記事があちこちの新聞に報道され、実際に有名なS山系の水についての処置を頼まれて、故中根滋博士と一緒に、技術提供しましたし、H天領水というこれも全国販売をしている産地からも問い合わせがあり、返事をしただけになっていますから、何か他の処置がなされているのでしょう。
 決定的だったのは、1993年の秋に、永井茂さんという研究者の地下水の水質調査についての報告を聞いたことでした。永井さんは、通産省の工業技術院地質調査所環境地質部の主任研究官を永く勤められた方で、国内の水質解析では、恐らく最も詳しい方ではないかと思います。
 その永井さんが、日本の名水百選の水と筑波山系から霞ヶ関に至る井戸水の経年変化を調べられた結果を報告されたのです。
 このご報告を聞いて、「日本中の山が、土が壊されていることを、しっかりと認めなければならない!」と思いました。

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アサガオの花
大きく立派に咲いたこの朝顔の花に穴があいてしまった
 

永井茂さんの報告書
05  
【5】水の判断方法

 永井茂さんの報告は、1960年頃から全国各地の水を調べて来た経験を踏まえて、水に含まれる基本成分を6種に集約し、その成分の量と割合が一目で判る独自の図表にして、発表されました。その時に配られた資料が右の写真です。

 6種の基本成分はアップの図表に化学式で示されています。化学に詳しい人はすぐに解るポピュラーな成分です。
 名水と呼ばれる良い水は、成分割合の図表がソロバン玉の形になっていますが、東京の神田駅や霞ヶ浦の水道水は、台型の形になっています。
 ソロバン玉型の水はおいしくて、台型の水はおいしくない。とても分かりやすい表現方法です。

 因みに、現在施行されている水質基準の項目表を写真で紹介しておきます。
 こういう表を見せられると、生活者としては「どれがどういう意味があるのかは判らないが、細かく決めて監視している」のだなと思い、事故でも起きない限り、素人が口を出すところではないと考え、お任せする態度になります。
 しかし、ソロバン玉の方法で、今使っている水道水を表現してくれたら、随分身近に、真剣に感じ、受け止めるのではないでしょうか?
 永井茂さんのこういう重要なレポートが、手書きの研究誌に発表するしかないところに、今の私たちの時代の歪みがあります。
 永井さんは「なお、塩化物イオンと水源汚濁の関係であるが、浄水過程の最初の段階において、アンモニアや有機物を酸化するために加える前塩素添加が、原水の汚れが多いほど多量に加えられ、消費された分が塩化物イオンとして増加するので、水源の汚濁状況に応じて変動する。」と指摘しています。
 分かりやすく言いますと、「水道の原水の汚れがひどくなった分、前処理で塩素を大量に使って消毒し、水道水に含まれる有害な塩素化合物が多くなっている。」ということです。
 先の表の備考欄の発生源分類に「消毒副生成物」として上げられている「総トリハロメタン」や「クロロホルム」など5項目がそれに当たります。
 個別の地域ではなく、全国の水道の基準にこれを加えなければならないほど、日本中の水道原水の汚れがひどくなっているということです。
 その事実が、どうして「山の土と畑や田んぼの土が壊されている」ことになるのかを次に考えます。

 

永井茂さんの報告資料
 


6種の基本成分
 


現在施行せれている水質基準
 

現在施行せれている水質基準
 

消毒副生成物
06  
【6】土の力に気づくこと

 まず、本来の「自然界」は、どのように毒物を処理しているのかを見て置きましょう。
 右の写真は、1989年に毎日放送の「野生の王国」の取材で、アフリカのザイール(今のコンゴ共和国)へ取材に行った時のレポートです。

 ザイールにはアフリカ大陸の赤道を2度も横切って東西に流れるザイール河があります。無数の支流が流れ込んでいますが、緩やかな流れの支流の川岸には至るところにカバのハーレムが見られます。周辺には大小の沼が沢山在り、小さい沼には茄子の塩漬けみたいにカバがびっしり浸かっています。
 昼間は暑いのでそうしているのですが、そのカバたちは、交互に糞飛ばしを繰り返します。大きな体に似合わない杓文字の形をした尻尾をぐるぐる回しながら出た糞を飛ばすのです。ひっきりなしに飛ばすので、水から出ているカバの背中は糞だらけ、僅かな隙間の水面も糞で埋まってしまっていました。
 そんなカバたちが夕暮れになると、一斉に水から出て、餌係りのメスを先頭に、ハレムの一団が一列になって餌場の草原へ向かいます。そして、日の出前それぞれの沼に戻ってくるのですが、その時には糞と尿であんなに汚れていた沼の水が、透明な水になっています。
 なぜ、一晩で沼の水はきれいになるのか?
 その秘密を解き明かす実験に出会ったのが、右の写真です。

 これは、故・内水護博士の作業現場をドキュメントした「土と水の自然学」の「理論編」の実験シーンで、下水処理場の原水貯留槽の汚水に「理想の土」を混ぜただけで、見る見る内に透明になったカットです。下に沈んでいるのは、イオン結合して巨大分子化した汚濁物質です。
 この現象は「自然界」が行っている原理的なことですから、何処でも同じ様なことが起こらなければなりません。
 次の写真は、自宅の実験池に雨が降った直後と2日後の様子です。
 
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雨の直後

2日後の池

オオカナダモの花が咲く池


 
 雨に含まれていた汚染物質が巨大分子化して、直後は水草の上に乗っていますが、2日もすると水草の上から落ちて池の底に沈んでしまいます。
 アフリカでは飲めませんでしたが、この池の水はいつも飲んで確かめていますし、オオカナダモの花が水の清澄なことを証明してくれています。
 生活の中で確かめる方法は、お風呂が判り易い。次の写真は、家族4人が入った翌日の様子です。下に人体の代謝物が巨大分子化して沈んでいます。それを取り出してビンに入れたのが下。
 ビンに入ったまま放置して置くと次の写真のような砂状の粒ができます。
 


浴槽

人体の代謝物

砂状の沈降物


 
 このような砂状の沈降物は、土壌を構成する物質で、水を改質する働きをします。

 次は、家庭の排水枡の中で、同じことが起こっていることを示した組写真です。
 


開けた直後 白いのは放線菌
 
底に溜まっている汚泥は
かき混ぜても臭くない
   

数回かき混ぜたら上部が澄んだ
 
赤ミミズが生息していた

 
 台所、洗面、風呂、洗濯の水が全部ここを通過する排水枡の底に沈んだものは、お風呂のものより大きな粒子です。沼や池の底質の土と同じ働きをしていると思われ、夏には赤むしや糸みみずが発生しています。勿論、腐敗はしていないので、掻き混ぜても悪臭などはまったくありません。

 次は、難しい条件の農業現場で同じことが起こった例を見ます。
 佐賀県の有明海沿岸部でイチゴをハウス栽培している現場での写真です。
 
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塩焼けした葉
 
   
 
2週間目の状態  塩焼けはほとんど消えた


 

ザイール取材のレポート


 

 

左が故・内水護博士

 用水は、井戸と雨水と沢水をタンクに貯めて冠水しているのですが、上は葉っぱが塩焼けしています。冠水する水に塩分が含まれすぎているのです。
 タンクに貯めた水に「土」を溶かし、エアーレーションでかき混ぜて反応させた水を冠水したら、2週間で塩焼けが解消した状態が下です。
水を処理した様子が右の写真。内水博士の実験を現場で行った形です。
 証明書は元の水との成分比較です。
 pHが高くなり、溶存酸素が格段に増加し、窒素が2分1に、亜鉛が3分1に、塩化物8分1に、カルシュームとマグネシュームは5分1に、伝導率は3分1に低下しています。もう1槽同じことを繰り返したら、飲める水になるでしょう。

 以上のことから「自然界」の毒物の処理の仕方を整理しますと、以下のようになります。
1.「毒」を含んだ水に、「土」を混ぜると、「毒」は分解されて、巨大分子化を経て「土」になる。
2.その「水」は、新たに入った「毒」も分解して、「土」をつくる。
 「毒」とは、生体に悪い働きをする毒物から、過剰な塩分やミネラル物質、糞尿など動物の代謝物と死骸や植物由来など有機物の総称です。
 「土」がしっかりあれば、どんな汚れがあっても「水」がちゃんと出来るように、「自然界」はなっているのです。
 水道用原水の取水口で、これだけ消毒しなければならないほど、水が汚れているということは、水がそこまで来る間に触れてきた土に力がなかったという証明なのです。

 では次に、「土」=理想の土とは、どういうものなのかを見ておきましょう。

 

07  
【7】土について人類はどれくらい知っているか

 人間が「土」について、いわゆる「科学的」な研究を始めたのは、1937年に、ワクスマンとチューリンという科学者がそれぞれ発表した研究成果からというのが定説です。
 それまで人類は「土」について無知であったのかと言うとそんなはずはなく、トータルに、本質的に「わかる」という意味では、現代よりむしろわかっていたともいえます。

 「科学的」解明という場合、一般的には、「土」の構成要素を細かく分類し、それぞれがどういうもので成り立っており、どんな働きをしているかを解明し、更に、相互の関係も解き明かして、その総和としての「土」全体の作用を認識するという筋道になります。
 しかし、その筋道での解明が現在どの段階にあるかといいますと、構成要素の粗方については大体判り、それぞれの働きについても相当数解って来ていますが、「土」全体から見たら、1%か2%か、どんなに多くても5%には達してはいないというのが実情です。

 因みに、「土」1gの中に、どのくらいの構成要素があるかと言いますと、
  ・バクテリア 約1億個
  ・放線菌   1千万個
  ・菌黴類    百万個
  ・鉱物由来のミネラル物質
  ・動植物由来の高分子物質
  ・その他
この中で、分類できている種類は、
  ・バクテリア 約1千種
  ・放線菌   約6千種
  ・菌黴類   約2万5千種
  ・鉱物と動植物関係 1千種
 これだけの要素を特定して、その相互作用を解き明かすことは、大変な作業です。現代科学はその解明に延々と取り組んでいますが、そういう中から「新薬」が見つかったりもしていますが、「土」の解明という面では微々たるものです。
 この状況について、故・足立仁生物学博士は、「バクテリアは自分で環境を選ぶことが出来ないから、環境に合わせて自分を造り変えて生き延びるしかない。人間はそれを見て、新しいバクテリアを発見したと思っているに過ぎないところがある。基本になるバクテリアは、案外少ないのかも知れないが、それがまだわからない。」と語っています。
 要するに、「土」の「科学的」解明はほとんど不可能に近いと言うことです。現代人の多くが万能と信じている「科学的」アプローチでは、自然の核とも言える「土」に対すると、無限の情報の荒野に迷い込んでしまうだけなのです。

 「科学的」アプローチのもう一つの方法は、土を「土」たらしめている基本的な要素、それが無かったら「土」とは言えないものを特定して、それについて調べるというものです。
 ワクスマンとチューリンの研究も、このアプローチで発表されたもので、それのことは「腐植」と命名され、その研究は世界に広がりました。
 現段階で、「腐植」の研究での第一人者は、M.M.コノノワ生物学博士です。
 博士は1898年生まれのロシア人で、1951年から世界に影響をあたえる研究を発表し、1963年に「土壌有機物」を発表。日本に翻訳されたのは1976年です。
(コノノワ博士は、1980年頃に他界されたと聞いていますが、女史のこの著書以降に、土壌についての本質的研究論文が出たという情報は聞きません。)

 「土」は、「腐植」と鉱物と有機物とバクテリア・菌類、そして水からなる粒の形をしたものが基本で、実際は幾つか集まって団粒構造をつくって存在しています。

図は拡大できます

 

 一つの粒の直径は、0.001~0.2ミリ。空気の届きやすい地表から13センチまでの粒は大きく、1粒の中には4,000~100,000個の微生物が棲息しています。
 微生物たちはそこで生きていますから、それぞれが何かを吸収して代謝する活動の連鎖でつながった系として働いています。
 その系は外に開かれており、侵入してきた物質を分子レベル、原子レベルにまで分解して、新たな土の材料になる物質に作り変えています。その作業は、巨大な化学工場にも匹敵する高度なものです。
 その微生物群は、それぞれの地方や地域条件、即ち、地盤の岩石の種類や気候によって異なっています。
 こうして「土」は「土」を作り続けているのですが、温帯に属する日本の風土では、このような「土」が1ミリ出来るのに100年はかかっていると見られます。

 


コノノワ生物学博士

 また、この一粒の中には、鉱物が右の図のように水で接合した部分が必ず存在し、中心の水は4トンもの力で吸い出そうとしても抜けない力で吸着しており、隙間には余分な水を蓄えることができる構造になっています。
 中心の水の吸引力は、水の表面張力以上の力で結びついており、その力は微生物との共同作業で作り出されていると考えられます。

 このような「土」の有り様をまるごとブラックボックスとして扱う方法を提唱したのが、前出の故・内水護理学博士です。
 「バクテリアを特定していくら詳しく調べても、果てしない連鎖の中に取り込まれて出て来れなくなる。そして、肝心の「土」を捕まえることから、遠去ってしまう。「土」に生息する総ての微生物を「土壌菌群」として捉える。そして、化学的、物理的、電気的作用も含めた働き全体を一つのブラックボックスとして扱う。即ち、外から「毒なるもの」がブラックボックスにインプットして、何かがアウトプットされる。その何かは「毒なるもの」の特性を有さず、生命にとって有用であれば、そのブラックボックスは正当に機能していると評価する。」
 そして、「人間の技術は「土」を作ることはできないが、コントロールすることは出来る」として、「土」が出来る自然のしくみを読み解いて、「理想の土」「最高の土」がどこに出来ているかという仮説を提唱し、実際に発見して、証明されたのです。

 
08  
【8】理想の土が出来る自然の条件

 内水博士の「理想の土」が出来る条件の理論概念は右図のようなものです。
概説しますと、
海に面した沼があって、海とは狭い開口部で繋がっている。
沼の周りを山が囲んでいて、沼側に降った雨が総て流れ込む。
近くに火山があり、火山灰が降り注ぐ。
このような状態が、数千年から数億年続いている沼の底質土が「理想の土」である。とします。

 日本中のその条件に当てはまる場所を調べて、その1箇所をドキュメントした映像が下の画面です。

 実際に取材して驚いたのは、この地域ではその時点で(1988年)農薬も肥料も殆ど使わずに、稲と野菜を作っているという事実でした。
 そして、干上がった沼の底質土が土壌改良剤として、さらにニカワで米粒大に固めたものが消臭剤として販売されていました。

 内水博士は、ニカワで固めたもの(ペレット)を、水を改質する基本資材として使う技術を指導されました。また、底質土を精製してパウダー状にしたものを、活性汚泥法の汚泥のレベルアップと畜産堆肥の醗酵促進に使う技術も指導されました。
 その現場の事実を、内水博士に付いて殆ど取材しましたが、そのような「理想の土」を使うと、確かに‘理想に近い土’が続々と出来、「土」を作る「水」も、確かに出来るのを確認しました。
 「理想の土」の力は、凄いとしか言いようのないもので、現状の科学の範疇ではとても捉えきれるものではないと、断言できます。
 それはこのシリーズの【6】に書いたような事象が、全国の様々な条件をクリアーして、至る所で実現したのです。それを、詳しく書くとそれだけで1冊の本になります。
(内水博士が始められたこの技術運動は「BMW技術協会」という名で全国に現在も活動を続けています。出版物もいろいろ出ています。)

 私は取材を通して、「ペレットの質にも差があること」を知らされます。
 考えてみると、それは当然のことです。何故なら、広い範囲の土ですから、厳密にはこことあそこでは土の力に違いがあって当然ですし、まして、何年間も掘り続けているのですから、今掘り出しているのが最初のところと同じ質の土であるはずはないのです。

 さらに、「理想の土」が出来る自然条件は限定されていますから、その量には限りがあります。
 これを使い切ったらどうするのですか?という私の問いに、内水博士は「水をつくるスターターと種堆肥つくりにだけ使って、少しずつ堆肥のレベルを上げて行くしかないでしょう」と答えられました。

 一方、都市部に住んでいる半数以上の人間はどうすれば良いのか?を考えますと、土のペレットを生活の浄水器に使うことは法律で禁止されていますし、都市の浄水場でも使えません。もし、使ったら、「理想の土」はたちまちなくなってしまいます。
 それに、自然が、希少な条件下で秘密の宝もののようにして、何億年も掛けてつくってきた「理想の土」を、そんな風に使うのは盗人の行為だと思いますし、知恵を授かった生き物としては敗北の行為だとしか思えない私は「理想の土をつくる水をつくる」技術の開発に向かわざるを得ませんでした。
 そのステップは、次章以下に書きますが、その前に知っておいて欲しいのは、以下の事実です。

 大地の全てが「理想の土」に近い状態であったら、どんな状況が現出するかを実際に見せられたのが、先にご紹介したアフリカのコンゴ共和国(旧・ザイール民主共和国)での取材体験です。
 そのことを、「ふれあいねっと」という雑誌に書きましたので、少し長くなりますが、紹介します。
 「ザイール河に沿った広大なビルンガ国立公園の草原の中を車で走って行くと、「なんだこれは?」という光景に出会いました。
 草原の中を、カバ、ライオン、大小のガゼル(鹿)、牛、大コウノトリ、クジャクたちが、隣り合わせにびっしりと見渡す限り埋めているのです。彼らの間には食い食われるの緊張はまったく無く、そこにただ悠然と居るのです。
 双眼鏡で細かく見ると、イボイノシシや大トカゲも見え、小鳥に至っては数限りない感じです。
 国立公園と言っても、彼らは捕まえてきたのではなく、自然に居るところを保護するためにそのまま指定しただけで、周りをぐるりと山が囲んでいるだけです。だから、この光景はずーと昔から続いていた姿なのです。
 驚かされたのは、昼の草原に居るカバの百倍以上の数が毎晩草原に出てきて草を食むという事実です。カバは大きい個体で6~7トンもあり、一晩で食べる草の量は50~70キログラムといいます。
 いくら自然が豊かだとしても、これだけの数の草食動物が毎日食べて、とても草が足りるはずがないと思えました。
  (中 略)
 明け方の池には、もう百頭以上のカバが帰っていましたが、それでもまだ続々と帰ってきました。
 しかし、びっくりしたのは、昼間あれほど糞だらけだった池が、底が見えるまで澄んでいたことです。一体これはどういうことなのか?!と驚いているところへ、傷だらけになったカバが帰ってきました。
 腹と尻に白い脂身が破れて骨が見えるほどの傷を負っています。恐らくライオンの狩に会ったのでしょう。後ろには、まだ諦めきれないハイエナの群れが付いてきていました。
 傷だらけのカバは、真っ直ぐ池に入り、ハーレムの中に収まりました。
 あんな大きな傷を負い、この後どうなるのだろうかとレンジャーに質問しましたら 「あれはもう大丈夫だ。夕方までにあの傷は治っている」との返事です。
 これからの昼中の暑さ、糞と尿の池水に漬かり続けることを考えると俄には信じ難い返事でした。しかし、その後10日間の滞在中に同じカバを発見し、見事に傷が塞がっているのを確認することができたのでした。

 ザイールでの取材はこの事件を挟んで約1ヶ月続いたのですが、カバの池に近い隣国ルワンダとの国境の町・ゴマでのことです。
 いくつもの村と広大な牧場と農場を治めている豪族の山荘に招かれて昼食の接待を受けました。
 山荘は、山の頂上にあり、車を降りて歩いたのですが、何とその道端に生えている草花が日本の九州の田舎のものと、全く同じなのです。タンポポもスミレも小川の形も、余りに同じなので郷里に居る気がして頭がくらくらしました。
 50歳前後の主は、非常に穏やかでインテリジェンスに溢れており、文明社会とは切り離された叡智に満ちた風情を漂わせいました。
 いろんな会話をしたのですが、食卓に並んでいるものが全て自分の農場と牧場の産物であること、特に見事なレタスが種から1週間で出来ると聞かされた時、私は愕然とし、ズーと抱いていた疑問が氷解したのでした。」

 一言でいうと「これが地球の底力、本来の自然の力なのだ!」という得心です。
 内水先生の仮説の通り近くには有名な活火山ニイラコンゴがあり、このビルンガ国立公園はビルンガ火山群の中にあったのです。
 だから、草原の草も足りなくなるのではなく、食べてもらわないと密生し過ぎて、恐らく植生が変わってしまうに違いなかったのです。どんどん食べられて消化されて、排出されて、どんどん土が出来続けている毎日なのです。
 そんな土だからこそ、レタスが1週間で採れるのです。
 カバの池水のレベルも非常に高く、糞尿はもとより、死体なども腐敗することなく分解されて、土になっているのでしょう。そういう水が、一方ではカバの傷を治してしまうのでした。

 実は、つい5~60年前までの日本の国土は、多くの地域でこのザイールの状況と同じような、地球の底力と本来の自然の力に満たされていた場所が日本列島にはあったのです。
 しかし、日本中の百姓は、火山などに恵まれた理想的な自然条件によってだけでなく、山を守り育て、田畑の土を作るという人々の営為によって、列島中の土を作り続けてきていたのです。
 それは、「魚付き林」という言葉にも残っているように、山の林がしっかり作れば、その腐葉土が川を伝って海に至り、魚を育て、呼ぶという自然循環の原理を弁えた知恵として受け継がれて来ていたのです。
 私の住んでいる東京の狛江は、多摩川に接しています。その多摩川は今では水道原水に使えない川になっていますが、5~60年前は、怪我をしたら多摩川行って洗って来いと言われたそうです。

 


写真は拡大できます

09  
【9】国ぐるみで土を壊して来た歴史、そして現在

 かつては、素晴らしい地球の理想郷に近かった日本の環境を、私たち自身がどんな風に壊してきたのかを、私なりに調べ、考えて来たことを挙げてみます。

 日本列島で最初の大掛かりな自然破壊は、明治17年(1884)から始まった足尾銅山による広大な山林の伐採と煙害による破壊と渡良瀬川流域の鉱毒汚染による破壊です。
「田中正造」の活動によって「足尾鉱毒事件」として広く知られるようになっていますが、この事件が日本の素晴しい自然が大規模に破壊される発端であり、今日に至る自然破壊問題の総ての萌芽が含まれていると私は見ています。
 写真は、「田中正造の最後の戦い」と題する、故・林竹二氏の講演をドキュメントした映画のパンフレットと書き起こしシナリオですが、私は演出を担当しました。他にも、「田中正造」と言う戯曲を竹内敏晴氏や若い仲間と共同制作しています。
「公害」という言葉と概念は、この事件で田中正造が始めて造ったもので、その意味は、「公の利を追求することによって齎される自然と人への害」というもので、公権力が企業と結託することによって起きるとしています。
 近年、「ピアノ公害」だとか「排ガス公害」「騒音公害」「喫煙公害」などと単なる個人の非常識、モラル意識の欠如でしかないものに使われて、責任のがれのごまかしに使われていますが、これも大きな問題です。
 その他、「自然破壊」について詳しく述べるとテーマが拡散してしまいますので、以後は、「土の破壊」要約します。即ち、既に出来ていた土の破壊、土が出来る条件の破壊、特に、土をつくる水の破壊に焦点を絞って列挙してみます。

(1)「足尾鉱毒事件」は結果として、広大な山林(約300キロ平方=東京JR山手線の内側の2倍の広さ)の木々と腐葉土を滅亡させ、地盤の岩石も分解して草も生えない瓦礫の山にし、ザイールの村にも匹敵する桃源郷であった「谷中村」をはじめ、渡良瀬川流域の豊かな農村地帯の土を山林の10倍もの広さで破壊しました。
 鉱山は昭和48年(1973)に閉山、昭和55年(1980)まで稼動し、鉱毒を流し続けました。
 以来、営々と税金を注ぎ込んだ回復作業が続いていますが、渡良瀬川の水は水道原水には使えませんし、農業用水としてもいろいろな問題が起こっています。
 古川鉱山が世界から資金を確保して国に収める税を当てにして、あらゆる手を使って結託して行った「土の破壊」・・・・経済的に見ても、全然割が合わないことは明らかです。
 その当時に、田中正造は「千万年の天然力をこぼちて、一時の利を争うに過ぎず、人生の惑、茲に至って極まれり」と喝破しています。

(2)同じころ、国の権力を注ぎ込んで、もうひとつの大規模な自然破壊を行っています。明治2年から始まる、北海道の併合と開拓事業です。

 私は、昭和46年(1971)に、アイヌの萱野茂(H18.5.6.歿)さんが主催された「アイヌの結婚式」を記録映画にするスタッフとして初めて北海道を訪れました。
 上野駅から急行で青森まで行き、青函連絡船で渡って、函館から札幌経由で苫小牧へ出て、日高本線に乗り換えて鵡川で下車。さらにバスで取材地の二風谷に入りました。
 九州育ちの私には、初めて見る北海道の景色の総てが異国のものでした。

 その取材中のある夜。酒宴の席で牧場主のアイヌに「そこの若い人、ちょっと家まで来んかい」と誘われました。
 車で向かう途中「何でアイヌの土地を車で走るのにシャモの免許証が要るんだべか。考えたことあるか?」と聞かれました。
 深夜、立派なご自宅の応接間に通され、テーブルにスコッチと2つのグラスを挟んで、向かいのソファーに座らされて、簡潔に聞かされた日本国の北海道奪略の歴史に、何も知らなかった私は心底恥ずかしく振るえ上がりました。
「おれたちアイヌは、この島をシャモに売った覚えはないんだ」「ただ来て、勝手に自分のものにして、アイヌを旧土人つって、法律までつくって、未だに続けてるだよ。今の若い人、どう思う?」
 当時32歳の私に60に近いアイヌが、抑えた声で諄々と語ってくれたのです。

 それから25年後に、萱野さんはアイヌとして初めての参議院議員になり、初めて国会でアイヌ語で質問し、「北海道旧土人保護法」を正式に廃止し「アイヌ新法」を成立させられました。
 私は、何とか北海道の歴史の事実と現実の姿を理解するために、北海道をテーマにしたドキュメントを製作しました。その都度、二風谷の萱野さんをお尋ねして、今度こういうことをやらせて頂きますと挨拶しました。

 その作業の中で、キタキツネの写真で知られる竹田津実氏と出会い、一緒に何本かの作品を作り、ザイールの取材も氏にレポートして頂きました。
 当時の竹田津氏は、小清水町農協の家畜診療所の所長をされており、その縁で北海道農業の実情を畜産と耕作の両面から知ることが出来、また漁業の実態も少し解りました。

 その中で特に驚いたのが、耕作面積当たりの農薬の散布量が世界一だという事実でした。
 実際に、小清水を含む道東の耕作農業の中心作物であるジャガイモが広い地域でソーカ病にやられ、何とその対策として畑地へ直接に塩素ガスを注入していたのです。

 北海道原野の開拓の苦労は大変なものでありましたが、一方では肥沃で強い腐葉土の蓄積が豊かな収穫を齎してくれていたのです。
 その土の力を収奪し尽くして、本来は低位の菌であるソーカ菌が繁殖するところまで土壌の菌層を薄くしておいて、さらにそれを猛毒の塩素で殺しているのです。前に述べた無数とも言える土壌を成り立たせている土壌菌群が、根こそぎ殺され、土ではなく瓦礫の畑地になることは目に見えています。

 農薬の害は、沿岸の海にまで及んでいて、総ての海草が死んで海底が白くなってしまう海焼け現象が起こっていました。

 アイヌは、長い間、自然と供に生きる知恵を育んで暮らしてきました。その生活が大きな歴史の流れによって変えられなければならなかったとしても、ただ略奪し、破壊し、自然そのものが何万年も掛けて創ってきた土までも、瓦礫にしてしまって、省みない私たちと国です。

(3)農薬ついて見ておきましょう。
 化学農薬は、戦後の石炭化学で登場し、石油化学の発展とともに大量に作られ、それまでの作物の病気や菌害、虫害、雑草の除草などが楽に出来るので、多種多様に使用されるようになっているものです。
 
 この間に使われた農薬は、大きく分類して有機水銀系、有機塩素系、有機燐系、その他、に分けられます。
 有機水銀系農薬は昭和33年(1968.1.23)に、有機塩素系農薬は昭和52年(1977.1.24)に使用が禁止されていますが、故・中根博士との調査では、いくつかもの井戸水に有機水銀の影響が残っているのに出会いました。

 一体、どれだけの量の農薬を私たちは自然に振り撒いてきたのでしょうか?
 昭和天皇が、長野県の農業視察の際に、空からヘリコプターで農薬が散布されるのをご覧になって、説明者が「これで害虫は全部死にます」と申し上げたら「良い虫はどうなるのかね」とおっしゃったという有名な逸話が伝えられています。
 耕地面積当たりの農薬散布量世界一が北海道だとして、本州・四国・九州は何位ぐらいなのでしょうか?
「土」を壊すということでは、大変な大量殺戮を私たち国民は行ってしまっており、今も行い続けています。
(一方で、残留農薬は土が分解してくれるから安全ですと言い、都市住民化した国民の多くが土はきたないものと思い込んで暮らしているという、貧弱なイメージしか持てない人間に、何時からどうしてなったのでしょうか?!)

(4)土を作る「水」行政について、見ておきましょう。
 太陽に暖められた水は雲になり、風に運ばれて、山や平地や海に雨となって降ります。或る時は、それが激しすぎて、洪水になったり、土砂崩れを引き起こしたりします。
 治山治水の歴史を見てみると、古代は自然の威力を恐れて、自然を読んだ知恵で、安全な場所を選んで住み暮らしていましたが、中世からは稲作が中心となることによって水際での生産と暮らしが求められるようになり、本格的な治水と治山が行われるようになっています。
 特に、日本の各地方のその歴史は、技術的にも思想的にも非常に高度で、優れて細やかなものです。ちょっと調べるだけで、そういう郷土史に出会いますから、全国で調べたら大変なものがあると思われます。

 それが、災害防止一点張りになって、一刻も早く雨を海に流そうという河川改修が行われた結果、地下水の減少と質の低下を招いています。
 この3~40年、どのくらいの国費を投じて、曲がった川を真直ぐにし、大中小の河川を三面張りにし、特に小さな川を潰して来たでしょうか?
 その結果、東京の多摩川のように、飲み水に使えない川を作ってしまっています。(この詳細については、NHKに優れたドキュメンタリーがあります)

(5)山林の歴史を見てみると、現代のそれは惨憺たるものです。
 戦後の木材需要が盛んな時は、全国の山々も賑って、しっかり山守りが出来ていたようです。(先に見た、足尾の山々はまだ手が付けられなかったようですが)
 狂いは、石炭から石油へのエネルギー転換み巻き込まれた、松の大量植樹と住宅需要を見込んだ杉の大量植樹にあるようです。

 戦後の復興の牽引車となった石炭産業。民間のエネルギー源はまだ炭でしたから、産業のエネルギー源は石炭一本やりでした。炭鉱町の活況は、三池炭鉱で有名な九州の大牟田に住んでいた私には記憶がはっきり残っています。
 そんな時代に、炭鉱の柱と屋根に使う松材の供給が求められて切に切られ、爾後の急務として、全国の山林に松の植樹が国策として進められたのです。
 昭和30年(1955)から始まる石油への産業のエネルギー転換で、炭鉱は次々に閉鎖され、松材への需要はまったく途絶えてしまいました。
 奨励金まで出されて松を植樹した山の持ち主たちは、声を上げることもできないまま、時代の流れに松と供に捨てられてしまっています。

 同じことが、杉でも起こっています。住宅需要が見込み以上に起こったにも関わらず、国内杉は輸入木材に押されて、需要は激減して、手入れも出来ないで荒れるままに放置され、その杉の「花粉症」で、多くの人が悩まされています。

 当然、これらの山々で腐葉土が出来るはずもなく、僅かに残っていた土も、空中からの農薬散布と酸性雨で疲弊され続けているのが現状です。

(6)もう一つ、見落としてならないのは、減反政策による田んぼの抹殺です。
 先に述べたように、日本の百姓は「理想の土」で自らの田んぼを満たすために、営々と努力を重ねて来ていたのです。
 戦後の化学肥料の普及と農薬の使用で、相当に土がレベルダウンしていたとしても、減反政策で金をやるから米を作るなと休耕させられた田んぼは、全国でどの位あるのでしょう。
 
(7)そして最後が、石炭と石油の化石燃料の排気ガスによる破壊です。
 前に述べましたように、この被害には中国、韓国、北朝鮮からのものが含まれますが、だからと言って、国内でのそれ、取り分け自動車の排気ガスによる害の大きさは非常なものがあります。

 以上の他にも、「土」を壊している事実があるかも知れませんが、これだけを概観しただけでも、これじゃ良い水が出来るはずないと私には思えます。少なくとも、かつての日本の国土を流れ、湧いていた「水」がつくられる自然のシステムは相当に弱っていることを、イメージせざるを得ません。
 それに、日本人が最も苦手で得意とする皆に責任がある事象ばかりです。
 さらに、これらの事実には「人の心」を壊すという影響がそれぞれに派生しています。自然が壊される時、人間の心は深いところで傷付きます。人間という生き物がそのように出来ているらしいということについては、稿を改めるしかありませんが、実際そうなのです。

でも、これだけ壊してしまった「土」=自然を、自分ひとりででも取り戻そうと取り組んでいる人が、それぞれの現場に居られるということをご紹介して、この章を終えます。
1、足尾の山に緑を取り戻そうと草から始めて木を一本一本育てられている人が居ます。
2、北海道の襟裳岬の防風林を60年かけて植林し、海に見事な昆布を蘇らせた人が居ます。
3、山々の木々に正しい手入れを行って日本の本当の山の在り方を再生させようと全国を行脚されている方が何人もいます。
4、農協の経済収奪をようやく脱して、自分で誇りが持てる本物の野菜つくりを始めている人がいます。

 
田中正造の最後の戦い
「田中正造の最後の戦い」林竹二
10  
【10】土をつくる暮らしをしましょう

 現代を生きていくためには、薄っすらとした毒との戦いを避けることが出来ません。
その事情のあまりの複雑さに、戦うことを放棄したくなり、また、既にしている人がいますが、自然が原因でなく、人為によるものですから、必ずしっぺ返しを喰らいます。

 薄っすらとした毒との戦いで、私が特に重要だと考える点は、「毒」の殆どが自然の中に、即ち土や空気や野菜の中に「薄っすら」と含まれているということです。それを前提に「生命体」は作られていると考えられます。

 一方、いわゆる使用許認可のレベル、人間が決める規制値は、それを単独に摂取した致死量や発症量から逆算して、このくらいの量なら安全と勝手に線を引いているだけです。
 その際、なぜ自然量を基準にしないのかが問われますが、恐らく技術的な困難さと経済性の壁に阻まれて、有用性と必要性に論理を摩り替えて通用させているのだと思います。
 「毒」の基準値は、必ず自然の含有量より多い量に定められていますし、「毒」を使う側からすると、そこまでは出しても、汚しても、使っても良いという受け取り方になっています。

 薄っすらという点では、両方とも測定領域で微量範囲ですが、これだけ多種の自然よりちょっと多い「薄っすら毒」に見舞われると、生命現象にさまざまな異常が起こっているというのが現実です。

 「薄っすら毒」というのは、生命体にとって、非常に苦手な敵のようです。
例えば、エイズ菌のように人体に潜入してから約7年間も「薄っすら」と自分の代謝物を出し続け、人体の免疫機能がその存在を異物として認めなくなる、環境の変化と同じ様に、存在するものとして承認されてしまうと、本格的に活動を始めて、遂に人体全部を自己の領域にしてしまうというように、生体メカニズムでは抵抗できないのです。

 これまで見てきたように、「土」には、人為的な薄っすらレベルの「毒」を「自然の」薄っすらレベルに調整する働きがあります。
 「土」の持つこの力は、「水」を通して働いています。
 その土と土ができる自然のしくみを、私たちの国は幾重にも壊して来ています。
 人間は、「土」をつくることができません。自然がつくるのを、手助けしたり、条件を揃えたりすることしか出来ません。
 しかし、「土をつくる水をつくる」ことはできるようです。正確に言うと、「毒を自然レベルにまでとり除いて土にする力を持つ水に、水を変化させる」方法は、人間にできるようです。

 そういう考えで、「水つくり」に取り組んできたのですが、「土をつくる水」「土ができる水」と言っても、なかなか理解してもらえませんでした。
 からだに良い水とか家畜に良い水とか、何々に効く水とか、どうしても薬やサプリメントの感覚と考えでしか捉えてもらえませんでした。
 皆、すぐ解って、すぐ直って、すぐ効くものしか受付けられなくなっているのです。
 それで、私が学んできたことを、出来るだけ解りやすく書いてみたつもりです。 

 「土をつくる水」で暮らしていると、体からの排毒がスムースに行われ、各機能のバランスが整って来ます。
 その結果として、様々な疾病や症状が消えたりしますが、何よりも、自分自身の自分感覚がはっきりしてくるところが大切なところだと思います。
 そして、使った水は流れていって「土」を作ってくれます。
 みんなで使ったら、どんなに沢山の「土」が出来ることでしょう。
 

 最後に、触れなかった2つの問題について、コメントしておきます。
 1つは、最初に触れた「環境ホルモン」の問題です。
 化学的に作ったものが、生体のホルモンと形が酷似しているために、生体が本物と同じ様に使うことによって起こる生体異常の問題です。
 私のテーマから見ると、果たして「理想の土」には、それを見分ける力があるのかということになります。
 これについては、まったく知見がありません。従って、発言できません。
 しかし、「土」には、ROMのような機能があって、一度経験すると、的確に処理してくれます。それに期待もするのですが、お任せになってはいけませんし、非常に難しく、どういうアプローチがあるのかを考え中です。

 2つ目は、放射能と土の問題です。
 象徴的な疑問は、広島と長崎の爆心地に何故放射能が残っていないのかということです。
 ずいぶん沢山の科学者、物理学者に聞いてみましたが、明解な回答を1回も得られていません。
 地球の歴史には、恐竜が消えた6500万年前の巨大惑星の衝突の際に地球全土が放射能に覆われた事実があり、土にはその経験が残っているはずです。
 土には放射能を処理するシステムがあるためではないかと、私には思えます。
 ところが、チェルノブイリの現実。事故から既に20年も経っているのに、周辺でさえもあの放射能量です。
 原爆投下から20年後の広島と長崎には、どれほどの放射能が残っていたのでしょうか?今のチェルノブイリほど残っていたとは考えられません。
 この違いは、何なのでしょうか?
 この事実と「土」はどのように関わっているのでしょうか?

 実は、私たち日本の国土に住んでいる人全員が、「低線量の被爆者」なのです。
 その実証については、グループ現代の釜仲ひとみさんが渾身のドキュメントを完成させていますので、次のホームページを見てください。
http://www.g-gendai.co.jp/hibakusha/index.html
http://www.g-gendai.co.jp/
 私は、「土」と「水」は放射能汚染も浄化してくれると見ています。そのレポートは、改めて書きます。
                           おわり

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